禅語を味わう

だいどうちょうあんにとおる

大道透長安

大道透長安

黄檗宗第五十七代村瀬玄妙管長書

これは中国唐代の末期に活躍された趙州従しんじょうしゅうじゅうしん禅師の言葉です。
計り知れない威徳を備えた禅師は百二十歳の天寿を全うされ、生涯を禅の道一筋に生きたといわれます。
その禅風は「趙州の口唇皮くしんぴ禅」と評されるように、日常生活における言葉を自由自在に操って,仏法を説き示すものでした。
普段なにげなく使うありきたりの言葉に,とてつもなく深いはたらきが秘められており、修行者たちは体得に血の汗をしぼったのです。
この「大道透長安」についてもそうです。
禅師の語録には次のような話が載っています。
ある僧が趙州禅師に「如何いかなるかこれどう」(道とはいかなるものですか)と問うたところ、禅師はすかさず「墻下底しょうげてい」(道なら垣根の外にある)と答えました。
僧が「恁麼いんもの道を問わず、如何なるか是大道」(私はそんな垣根の外にあるような小道でははく、天下の大道を尋ねているのです)と問いなおすと、禅師は「大道透長安」とずばりと言い切ったのです。
ここで禅師がいっている長安とは、とりもなおさず悟りの世界・大安心だいあんじん大安心[だいあんじん]の境地のことです。
その僧と同様私達は、そういった世界が自分とははるかにかけ離れたところにあると思いがちです。
またそこへたどり着くには、難しい書物を読んだり特別は修行や日常生活とは縁遠い清らかな生活に入らねばならないのではないかという思いこみがあります。
そういったあやまった思いこみをきれいさっぱり打ち砕かんと、趙州禅師は親切かつ,ずばりと「大道透長安」と説破されたのです。
剣豪・宮本武蔵がちょうどこのことと同じようなことを云っています。「剣の道を学ぶということは必ずしも道場の中で木刀を振り回すときだけではない。
飯を食っているときも、歩いているときも、寝ているときも、いつでも剣の道を学ぶ入口がある」と。
自分がいつもなにげなく歩いている道、毎日ご飯を食べたり、お茶を飲んだりしている、ごくありふれた世界のいたるところに悟りの世界・大安心の境地への道が開けているのです。
そしてこの世の人一人ひとりにその道は常に開けています。
それぞれに歩む人生は違っても "いま・ここ" 自分の目の前にこそ、その世界への入り口があるのだと知るべきです。