霊符堂

当山の本堂にあたるのがこの霊符堂です。北辰鎮宅霊符尊ほくしんちんたくれいふそん北辰鎮宅霊符尊とは北極星と北斗七星を神格化した方位除けの守護神です。中国では古来人間界の上にある天界において、その星々の運行の中心は不動の星・北極星であるとして人間世界を含め過去・現在・未来の三世さんぜの吉凶禍福や運勢、さらに家相かそう・方位の全てを司る存在として信仰していました。人もその生まれた時によって一白水星、二黒土星、三碧木星、四緑木星、五黄土星、六白金星、七赤金星、八白土星、九紫火星の9種類の本命星に分類され、その星の運行によって運勢・運命が変わると考えられ、善星を招いて幸福を守護し、悪星を除いて悪事災難を除く大威徳を具えるとされます。当山は厩橋城うまやばしじょう(厩橋城(前橋城))の裏鬼門うらきもん除けの寺として開山・心越禅師が将来した北辰鎮宅霊符尊ほくしんちんたくれいふそん七十二符による方位除けの道場として建立されたといってもいいのです。脇童子わきどうじは共に八卦を司る、右に抱卦童子ほうけどうじ、左に示卦じけ童郎どうろうを配します。と達磨大師をお祀りし、そして開山・東皐心越禅師とうこうしんえつぜんじ心越禅師は中国の浙江省せっこうしょうの出身で、中国曹洞禅を修め、延宝4年(1676年)長崎の黄檗宗・興福寺住職澄一ちんいの招きによって来朝しました。のち、水戸黄門みとこうもん徳川光圀とくがわみつくに)の帰依きえを受け、水戸の天徳寺てんとくじ(のちの祇園寺ぎおんじ)に入寺し、曹洞宗寿昌派じゅしょうはの祖となりました。禅師は書画・詩偈を巧みにするばかりでなく、黄檗宗の独立どくりゅうと並ぶ篆刻てんこくの祖であり、また音曲にも秀でていて「七弦琴しちげんきん」という古い形式の琴を伝えて、文人の間に広まりました。椅像を安置しています。

けやき権現造りごんげんづくりという、お寺なのに神社の雰囲気もある建築様式で明治44年に再建された本堂です。

ここでは方位除けを始め、家内安全、商売繁盛、開運吉祥、受験合格等の祈祷法要を行なっています。